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泡沫の書き置き

文才のない学生がTwitterの延長感覚で書くやつです。そゆこと。

けものフレンズ最終話を見た感想とテレビアニメの未来を憂う話。

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けものフレンズは神アニメである。

という感想を決して他人に押し付けることはしない。だけどぼくはそう思った。

最近はそもそもアニメを見なくなっているがけもフレは流行っているがゆえ興味があり、先日ニコニコ動画で生放送をやったのをきっかけに視聴して驚いた。面白い。twitterのTLを見て11話までのあらすじを知っているのに、ドキドキワクワクしながら見れるなんてそんなアニメ知らない。

そして最終話は熱い展開、王道ハッピーエンドをけもフレらしく再現し、爽快な結びになっている。

 

けものフレンズの魅力を語りたい。

けものフレンズというと、3,4話放送の前後で爆発的なブームを見た記憶がある。最初にバズったであろうツイートは、サーバルがバスに轢かれるシーンが意味不明すぎて笑ったみたいなやつだったと思う。あの意味不明さ、あれは確かに魅力だ。どこか笑えるから。1~3話はこの意味不明さに包まれている。冒頭3分ほどのサーバルちゃんが草原を滑るシーンがまずわけがわからない。でもそれが良いのだ。

また、1話の前半には、かばんちゃんの「た...」や「いえ、はい」といった他のアニメではなかなか見られない表現がある。これはアフレコの仕方に秘密があるようだ。アニメにおいては動くシーンに声をあてる手法が一般的だが、けものフレンズでは場面のイメージ画がまず与えられ、そこに合うセリフを声優が考えながらレコーディングする⇒アニメーションが作られる、という順序らしい(3/28の「さしめし」の尾崎さんと内田さんのトークより)。

この方法によって会話が自然になり、またニコニコ動画でネタになるような上記のセリフや、コピペで有名「ふわああぁ!いらっしゃぁい!よぉこそぉ↑ジャパリカフェへ~!どうぞどうぞ!ゆっぐりしてってぇ!いやま゛っ↓てたよぉ!やっとお客さんが来てくれたゆぉ!嬉しいなあ!ねえなんにぃのんむぅ 色々あるよぉ、これね、紅茶って言うんだってぇハ↓カセに教えてもらったンの!ここからお湯が出るからそれを使ってにぇ」の名ゼリフが誕生した...のかもしれない。

 

そこから話数を重ねると、別の魅力が突然立ち現れる。4話のバイパスのシーンを思い起こしてほしい。あの瞬間に初めて明確に人工の巨大構造物が見える。そう、かばんちゃんとサーバルちゃんが今まで旅をした世界は、人類が過去存在していたのに、その人類がいなくなってフレンズのみが地を駆け空を飛び海を泳ぐ世界だったのだ。この退廃的な雰囲気が第二の魅力であると言える。

余談になるが、ぼくは荒廃し滅びゆく世界を旅するみたいなシチュエーションが大大大好物だ。もし好みを同じくする人がいれば、ぜひ『旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで』とか読んでみるのも良いと思う。

 

さらに10話を回り、物語が佳境にさしかかると、異様な雰囲気が漂い始める。過去のセルリアンによるパークの滅亡の危機が語られはじめ、同時にセルリアンの出現数が増えてその方法も異常なものになっていく。それなのに、フレンズは1話とほとんど変わらないのほほーんとしたやりとりを繰り返すし、セルリアンに対峙しても対策を講じることはあれど人のように死に直面し動転するようなことは一切ない。

ゆるく温かいこの世界にセルリアンやフレンズの消滅、あるいは文明の終末という異質なものが紛れているギャップによって、物語の盛り上がりは一層際立てられている。これもまた魅力である。

つまり、

 これに尽きる。

 

さて、感想を締めたところで2つ目の話題に移ろう。アニメの未来の話だ。

トーリーがクライマックスに近づいて(10話あたり)から最終話までの間、かなり異様な光景が見られたと思う。連日タイムラインに載せられる妄想エンディング漫画や、ニコニコ動画における「たつき監督を信じろ」等の文字列だ。

いや、それ自体は必ずしも悪いものではないのだが。分かりやすく言おう。

アニメは他の創作物とは違う側面を持っている。ドラマにも共通していることだ。週刊連載の漫画にも当てはまるかもしれない。

"アニメは十数話に分割され、週単位で放送される"

これ自体は当たり前のことのようだが、他の創作と比べるとかなり特殊と分かる。絵画はキャンバスの上に描かれたものがすべてだし、音楽を敢えて途中で止めて鑑賞することは普通ないし、映画も見始めて終わるまでに区切りは設けられない。小説も然り。この特殊性によって、テレビアニメは常に崖の上に立たされている。

"見る側の主観が途中に挟まれることの不可避という危機"

これに他ならない。

僕達は今日のアニメを見終えたとき、次週の展開に想いを馳せることを止められない。その過程で、僕らは自分の手で勝手に物語を紡いでしまうのだ。これが良くない。自分の手で紡いだ物語は限りなく「自分の理想」に近い。作品が終わっていない段階でこれが生まれると、それに捕らわれて「作者の伝えたいもの」に目が向かず、作品の評価を捻じ曲げてしまうからだ。

この「自分の理想」の具現化こそ二次創作妄想エンディングだと僕は思う。こうして「誰かの理想」を見続けていると、元の作品への解釈が歪んでしまいそうではないろうか。

加えて、これが横行しすぎると、「大衆の理想」に沿った展開やストーリーの作品だけが評価され、作者の自由な創作が阻まれかねない。なんと恐ろしいことだろうか?

 

だが、現代社会においてはこれ以上の危機が存在する。

"作者の意図さえもが見る側に変えられる可能性" だ。

美術の授業中に、「そこはもっと○○したほうがいいよ」とか言われると反抗したくなったりする人はいるだろう。それは自分のやり方、表現を曲げたくないからではないだろうか。

いや、表現方法の指図ならまだよい。それでより良い作品になりうるから。では、作文を見せたあとで「もっとこういうこと書いたら?」と言われるのはどうだろう。これは、「伝えたいこと」の捏造・改変にあたっているのではないか。こうなるともはや作品は作者の手を離れ、宙ぶらりんの、何の想いもこもっていないものになってしまわないか。

僕が戦慄したのは、けものフレンズにおいても同じことが、誰の意図でないにも関わらず起きかねなかったことだ。最終話直前のニコニコ動画けものフレンズ1話コメントには、「ハッピーエンドであってくれ」に類するコメントがいくつかあった。

少し前なら、これは呟きや祈りとして受け取れただろう。しかし、今は異なる側面も持つことがある。作者へのメッセージとしてだ。制作途中の監督がこのコメントを見たとき、きっと監督は「それに従うべきか?」という疑問にぶつかると思われる。もしそのまま見る側の要求に感化され作品を変えたなら、そのとき前述の現象は起こってしまう。

特に、たつき監督は放映中から外部に出てくることが多かったし。しかも現代はTwitterなどのSNSやネットワークによって情報の同時性が高まっていて、見る側の主張がとても早く作者に届くし。このコメントをたつき監督が見て完成した最終話を修正することがあるんじゃないかとか考えてしまって、僕は怖かったです。

まぁ、作者は自分の作品に信念を持っているからそれは杞憂だと言われればその通りだし、そもそもアニメってもっと早く完成するから見る側の意見が入り込む余地はないぜと言われたなら僕はもうぐぅの音も出ないけれど。ただ、見る側の好みや傾向や流行りに流されて「作者の伝えたいこと」が削がれるのはあってはならないとだけ主張したい。

 

まとめる。

昨今のアニメの視聴者は、作品に自分の好みを求める傾向が強い気がする。最終話間近によく聞く「バットエンドだったら神アニメ」みたいなのがその最たる例だ。そして、そのほうがウケが良かったりする。

だがしかし、それに従うあまりに伝えたいことを見失ってはならない。

そしてそれ以前に、僕ら視聴者が、正しく作品を評価せねばならない。僕が先に述べた性質"アニメは十数話に分割され、週単位で放送される"によって、今日「n話切り」という単語は見慣れたものになってしまったが、「n話まで見たけどクソだったよ」などという評価は不当だ。作品評価ですらない。

アニメは1クール(2クールアニメなら2クール)で最終話まで見て初めてその作品なのであって、全体から一部を切り取ってしまえばそれが不完全なのは必然だ。けものフレンズ1話が意味不明なのも当たり前といえば当たり前なのだ(ただしけものフレンズにはそれとは違う意味不明さがあると思うけど)。

全てを見ずして評価を下すのは止めにしないか。「正しく下された評価」を評価しないか。作品を見て下された評価ならNOでもYESでも価値はある。自分の思い込みを取り除き、結末を見届けてから評価しよう。アニメを制作している人が自由に創作できるかどうかは、正にぼくらの行動にかかっている。

 

最後に。

とはいえ、僕は正しく評価しない人を排外しようとも詰ろうとも思わない。むしろ受け入れて見せよう。

サーバルちゃんならきっと言うだろう。

「大丈夫!フレンズによって得意なことはちがうから!」

www.nicovideo.jp

ライブの感想。〈Aqours First Love Live! ~Step! ZERO to ONE~〉

このブログ書き直すの三度目なんですけど。一回目は1900字、二回目は4000字近く書いてから消えてるんですけど。キレそう...自分の不注意が原因だけどさ。

 

というわけでAqoursの1stライブを見た感想をだらだら書きたいと思う。今回こそ最後まで書き終えられるといいんだが...

せっかくセトリが出てるわけだし、進行順に振り返りたい。

 

01.青空Jumping Heart/Aqours

やっぱりライブ始めはぶちあがる曲がいいよねーと常々思っているぼくだから、この曲のイントロが聞こえたときはきったあああああああ!!!!!みたいなテンションになってしまった。アニメのopだしいかにもラブライブ!みたいな曲調なので1stライブのスタートを飾るにふさわしい曲だろう。

実はぼく、この曲が披露されるのを見るのはクリスマスミニライブ以来の二度目だったのだが、横アリのそれは全然違った。もちろんTVsizeがfullになってたのもあるんだけど、9人が広いステージの階段を下り、アニメを視聴済みの方ならご存じ"始めたいMy Story”のところで手を広げ跳ねながら広がっていくシーンがそのまま再現されていたのには感激した。

そういえば、クリスマスミニライブでも今回のライブでも、誰かしらが「青空Jumping Heartの最初に振り向くところでたくさんの光が見えて安心する」ということを言っていた。そういう意味でこの曲はAqoursの9人をライブ前の緊張から解放しスイッチを押す曲なんじゃないだろうか。憶測だけどね。

02.恋になりたいAQUARIUM/Aqours

畑亜貴さんの独創的な歌詞と聞けば聞くほどハマってしまう曲調で有名な2nd singleが2曲目。

曜ちゃんセンターのpvが可愛くて結構好きなんですけど、いやはやしゅかしゅーも可愛い。"ゆらゆら揺れながら 真珠の時計"のしゅかしゅーがめっちゃ可愛かった。

やはりpvのある曲は実際のライブと重なってるところが分かりやすくていいですよね。アニメーションとのクロスオーバーはラブライブ!の、2.5次元アイドルの一番のウリですし。色変えも、しゅかしゅーが「ヨーソロード綺麗だった!」と言ってて現地に行けなかったことを悔やんだなあ。

– MC1 –

ここで1stライブ初MC。コール&レスポンスもこのタイミングでやった。

コール&レスポンスが決められたのって沼津夏祭りのときであってるかな?あのときは「うーん(゜-゜) すわわ以外微妙じゃね?」とか思ってたんだが、普通にいいっすね...(改心) かんかんみかんコールはまさに怒号と形容して間違いない感じ。さすがオタク。でも缶入りみかんキャンディを物販で売り出す公式の機転というかには感服いたしますぞ。というかダイヤっほーの美しい声でという制約がなくなりましたな。男性多めのこの世界では無理があったか...

03.AqoursHEROES/Aqours (1日目)

  ハミングフレンド/Aqours (2日目)

AqoursHEROESAqours全楽曲のなかでいっちゃん楽しい曲だと思っている。合いの手楽しい。100点。あいきゃんの"秘密なんだっ"も可愛い。100万点。ふっふーふわふわも曲にマッチしてるしでひじょーに練習し甲斐のある曲ではないかと思います。個人的には2番Aメロの3人組になって手を腰で組み合いぴょんぴょこの振りが好き。

そしてね!なんといってもハミングフレンド!この曲はクリスマスミニライブで見て大好きになった思い出の曲なんだよね。背が小さいせいでモニター見るしかなくて、でもどうにかしてならないかなと首を伸ばしていたらとびきりの笑顔でジャンプする小宮さんが見えて。ああ一目惚れってこういう感覚なのかなって思った。

読み返すとクッソ気持ち悪い自分語りですね...(冷静) でもそれでハミングフレンドが好きになったのも事実で。LVでラスサビのときに三年生組のハミフレジャンプが一人ずつ映されたときは息が詰まったし曲終わってから「いやヤバいでしょマジで...いやマジかよ...はぁ」とか一人小声で呟いてたんで症状はかなり深刻っぽいです。おかげさまで開幕3曲目で早くも昇天した。あいきゃんのハミフレジャンプが堕天使なのもリトルデーモン的加点ポイント!

– 幕間映像1 –

横浜線は生糸の集積場だった八王子から国際的な港である横浜に生糸を運搬するために敷設されたんだよ!(みんな知ってる)(復習)

04.決めたよHand in Hand/高海千歌(CV.伊波杏樹)、桜内梨子(CV.逢田梨香子)、渡辺 曜(CV.斉藤朱夏)

はーにーはー♪うぉうーおー♪はーにーはー♪

05.ダイスキだったらダイジョウブ!/高海千歌(CV.伊波杏樹)、桜内梨子(CV.逢田梨香子)、渡辺 曜(CV.斉藤朱夏)

ライブの感想ブログで楽曲の話をするのはナンセンスだと思いつつ言います。イントロからAメロ曜ソロの"やってみたい"への入りが結構好き。歌い始め曜ソロ多くない? Aメロの休符の位置も小気味よくていいなあと思う。でもやっぱりこの曲のメインは走り出した決意の歌詞だよね。ライブでも聴きながらええなぁって心で呟いてた。

そしてもう一つ着目すべきは衣装!この衣装、3人のイメージカラーをあしらいつつ統一感のあるシンプルなデザインといって概ね間違いないと思うんだけど、その真っ直ぐな感じがすごくいい。数名の観客の前で「輝きたい!」と宣言し、忠告したダイヤさんに「それでも何もしないと始まらないんです!」と言い放った3人のAqoursの志とひたむきさがそのまま衣装になったみたいな気がする(分かって) よく見るとこの衣装、μ'sのファーストライブでの衣装と似てるようにも見えなくもない。なんかいいよね。

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(ちょっと似てません? 画像はラブライブ!公式webサイト

ラブライブ!Official Web Site | CDリリース情報

ラブライブ!サンシャイン!! Official Web Site | CDリリース情報 より)

– MC2 –

二年生組でMC。衣装の魅力を問われ腰のでかリボンを見せる3人。しゅかしゅーさん、おしりふりふりは健全な男子諸君が興奮してしまうので控えたほうがよろしいかと思われます(`・ω・´)ゞ でもやってくれるなら大歓迎なんだけど。

3話の印象に残ったところに、Aqoursという名前が決まったことを挙げていたのは意外だった。3話といえばファーストライブの成功だとぼく個人は思っていたので。キャストならではの思い入れがあるのかな。知りたいな。

06.夢で夜空を照らしたい/高海千歌(CV.伊波杏樹)、桜内梨子(CV.逢田梨香子)、渡辺 曜(CV.斉藤朱夏)、津島善子(CV.小林愛香)、国木田花丸(CV.高槻かなこ)、黒澤ルビィ(CV.降幡 愛)

この曲は今回のライブで一番好き度が上がった曲だな。もともと「これめっちゃ好き!」というほどでもなかったし。ライブ始まって最初の落ち着いた雰囲気の曲で、素直に歌とダンスに没頭できたと思う。

何よりこの曲の衣装はキャストの皆さんにホントに似合う。落ち着いた色のワンピースは大人っぽさが存分に発揮されるのが良いです。

加えて、もう一つの魅力はサビで左右に振られるオレンジ色のブレード。会場全体を映したその映像は、まるで視界いっぱいに広がる稲穂(あるいはススキ)が夕暮れに照らされながらそよ風になびいてるようで美しいというほかない。モチーフは夜空を照らすキャンドルなんだけど。でもこの曲に込められた地元愛・故郷を想う気持ちっていうのは変わらないように思えた。ライブ映えする素敵な一曲。

– 幕間映像2 –

ライブの幕間映像ってドラマCDじみた狂気がある...ちなみにぼくはラーメン>シウマイ>カレーの順だね。

07.元気全開DAY! DAY! DAY!/CYaRon!(高海千歌(CV.伊波杏樹)、渡辺 曜(CV.斉藤朱夏)、黒澤ルビィ(CV.降幡 愛))

曲名通り元気全開な曲。

2番歌いだしのふりりんがCDのまんま、ルビィのまんまでこれは相当頑張ったんだなと感じた。ふりりんはどの曲でもルビィの声で歌っているようなふうだし、努力が伝わってくるよね。

― CYaRon! MC ―

MCではCYaRon!の1st singleジャケットを模した衣装を披露。え〜回ってほしいー?くるくるくる〜 The・制服みたいなこの衣装を見ると、曜ちゃんが「自分のユニットだしまぁいっか!」と好みを爆発させて仕上げている様子がありありと浮かぶ。それとあんしゅかがあったね。最THE高

08.夜空はなんでも知ってるの?/CYaRon!(高海千歌(CV.伊波杏樹)、渡辺 曜(CV.斉藤朱夏)、黒澤ルビィ(CV.降幡 愛))

この曲の感想をライブ見たラブライバーに聞いてまわると絶対返ってくるであろう返答が「しゅかしゅーのダンスすごかった」だ(と、思う)。間奏で踊っているのを見ては?うっまと見惚れた。マジで。

映像技術も光っていた演出。間奏でしゅかしゅーが踊っているときも移動すると同時に光の跡が中央ステージに引かれ、モニターに映されたあんちゃんが空中に星を描くと白い光がその軌跡をなぞり☆が現れる。こういうのを見ると、ステージに立つキャストだけでなく裏方さんの努力・尽力によってどれほど支えられているかを知る。

09.トリコリコPLEASE!! /AZALEA(松浦果南(CV.諏訪ななか)、黒澤ダイヤ(CV.小宮有紗)、国木田花丸(CV.高槻かなこ))

AZELEAはこのひと言に集約される。「「殺傷力高すぎ!!」」

あの、3人の衣装がどストライクなんですけど...小宮さんの肩見せもかなり刺激的だけど、すわわのAZELEA衣装ほんま好み。小宮さんがお人形さんみたいって表現してたけど、ぼくには妖精さんにしか見えなかった。可愛さの暴力で死に至る。

トリコリコPLEASE!!は小宮さんに視線を奪い取られた感。2番歌いだしの"察知したい どんなコトバで"と間奏後の"トリコリコに絶対!"は悩殺級。間奏から最後の盛り上がりのところは思いっきりクラップが入るからこれ聞こえないかもと危惧していたのに、そんなのは杞憂であったようで、綺麗にクラップが止んだ。やるやんけ。

― AZALEA MC ―

トリコリコリコ~でトリコリコになるだけのMC。LVに気を遣ってくれるキングで泣いた。2日目のすわわ「も~ピンクにしてる人がいるー。みんなまだピンクにしないで~」は神だったね。

10.ときめき分類学/AZALEA(松浦果南(CV.諏訪ななか)、黒澤ダイヤ(CV.小宮有紗)、国木田花丸(CV.高槻かなこ))

これまた映像技術・演出の光る曲。動きに映像がついてくるのってテンション上がりません? μ'sが出演した2015年の紅白歌合戦で、PerfumeがPick me upを披露してて、あの演出に大興奮したのはぼくだけではないと思うのだがいかがだろう。比較するわけじゃなくて、例示しただけなのでな。良ければ調べてみてほしい。割と驚くことであろう。

あと中央ステージの床面ってそれ自体が液晶だったっぽい?どこかから投影しているようには見えんかったのだが。ステージが画面ってなんかすごいね。

11.Strawberry Trapper/Guilty Kiss(桜内梨子(CV.逢田梨香子)、津島善子(CV.小林愛香)、小原鞠莉(CV.鈴木愛奈))

ときめき分類学が終わって照明が落ちた瞬間すぐスタートするイントロ!わけのわからない叫びの衝動に襲われつつ思う。かっけーー!!!

スタンドマイクを使ったパフォーマンスもExcellent!! マリーとヨハネがマイクを抱え込んで歌ってるのに対してリリーはクールにセンター張ってるの、いいっすね。Bメロの交互にソロで歌うとこはそれぞれが最大限Rockに歌いあげているところは特にカッコ良かった。

― Guilty Kiss MC ―

「マリー召喚」「オウイエ」「ヨハネ召喚」「ギラン」「リリー召喚」「イエース」「「「愛こそすべて Guilty Kiss!」」」(ここでリリーの目が覚める)

うろ覚えなので間違ってても許して

衣装の話もしてくれたけど、ギルキスのそれは個性の表現が上手だと思った。ヨハネのシューズデーモンは言わずもがな、おなじリボンでもマリーはひらひらの方が、リリーはふわふわの方が強調されているのを見てなるほどと。マリー⇒エレガント、リリー⇒キュートってイメージだもんね。

12.Guilty Night, Guilty Kiss!/Guilty Kiss(桜内梨子(CV.逢田梨香子)、津島善子(CV.小林愛香)、小原鞠莉(CV.鈴木愛奈))

そしてお次はカップリング曲''Guilty Night,Guilty Kiss!''
MCのときにギルキスコール&レスポンスのレクチャーを受けたので息ピッタリのコール。間奏?のとこのパートも初めて聞いたけどGuiltyでいい。

正直お洒落な曲だしこんなふうに盛り上がるとは思ってなかった。まぁいいよね、ライブだし。

― 幕間映像3 ―

ここでアニメの感動するとこを狙って切り抜いたかのような総集編が流される。普通に泣くしやめて欲しい。メンバーが加入を決意するシーンはどこをとってもいいけど、ぼくは9話が一番好きだ。すわわの「ハグ...しよ」の演技はこれ以上ないくらいのクオリティだと思う。その後、ずっと千歌たちがAqoursへ誘うのを止めていたルビィ本人が、ダイヤへ誘いの言葉をかけるのも耐えきれない。「親愛なるお姉ちゃん、Aqoursへようこそ!」はダイヤが断ることを全く想定していない言葉だ。ルビィは姉の気持ちを知っていながら、果南と鞠莉の不仲に中立する立場も汲んで誘わなかったのだと思うと、その配慮の深さ・姉妹愛にはただ心を動かすのみである。こんなシーンをライブ会場で見せられたら、ぼくは喉を震わせ咽び泣くしかないわけだ。うん。(実際1日目はそうだったしね)

13.未熟DREAMER/Aqours

そしてこの曲が流れ出す。
3年生組だいすこマンとしてこの曲は推さざるを得ない。最高やで

😭😭👏👏👏

アニメでは花火との共演というかたちのライブで、さすがに屋内で打ち上げ花火は無理だが火花カーテンが再現されてた。ようやるなぁ。衣装も良かった。

14.想いよひとつになれ/Aqours

忘れられないものというのがこの世にはある。いまこの曲名を入力しただけでも心拍数が上がる。もう1週間も経つと言うのに...目を閉じれば、タイムスリップしたかのように思い出される。

それが始まったのは未熟DREAMERが終わって少しの間のあとのことだった。真っ暗なステージに、不意に一筋の光が現れる。スポットライトに照らされているのは、未熟DREAMERの衣装を着た逢田梨香子さんと、美しい黒の光沢を放つ―――そしてぼくにはちょっと馴染みのある―――大きな楽器、つまりグランドピアノだった。最初の一瞬、ぼくはなにが起ころうとしているのか、分からなくて困惑した。次の瞬間、このグランドピアノを逢田さんが弾くのではないか、という考えが頭をよぎり...唖然とした。ありえないと思った。

ぼくは4才のころからピアノと生活してきた人間だ。そういうと誇張しすぎかもしれないが、幼くして親の計らいで鍵盤楽器を習い始めて、10年も誰かの指導をうけつつやってきたし、今も教わることはないにしろちょくちょくピアノを触ったりしている。恥ずかしいことに積み上げてきた歳月に見合うほどぼくはピアノが上手ではないのだけれど、そんなぼくでも、ピアノがいかに難しいかということに関しては十分に承知しているつもりだ。ピアノは難しい。今ピアニストという肩書をもって生きているひとは、否、ピアノのみならず全ての楽器演奏者として活躍なさっている人は、生まれながらの類まれなる才能か日々の弛まぬ習練、あるいはその両方を備えた人だ。彼/彼女らのように演奏に背景知識への理解と音楽的表現の豊かさを求められない場合でも、与えられた楽譜を指示通りに演奏する、という第一ハードルが既に高いものとしてある。それは、ぼくのような楽器経験者にとってもだ。楽譜の通り弾くのには技術が要る。加えて、楽器を経験したことのに人にはそれ以上の煩雑なプロセスが待っている。楽譜の音符がどの音をさしているのか、どの鍵盤を押せばどの音がでるのか、この音はどの音なのか。そういう初歩的なことを抜きにしても、右手と左手で違う動きをすることは結構難しいことだと思う。

逢田さんが階段を上り、ピアノの前に立って、振り返り、礼をしたとき。そこで初めて、彼女は本当に弾くのだという実感を得た。ありえないと思いながら(小さく「ウソでしょ」と呟いた記憶がある)、会場の高揚に包まれ惜しみない拍手を送った。それは今から始まる演奏にではない、弾くことを決意した彼女の勇気を称えた拍手だった。込められた意図は違くとも、大きく温かい拍手が会場を包んだ。逢田さんがピアノに向かって座る。会場が、横アリだけでない世界中のLV会場が静まり、見る全ての人が固唾をのんだことだろう。逢田さんの吐く呼吸をマイクがとらえる。梨子ちゃんと千歌っちが目を合わせ、頷く。今度は梨子ちゃんと曜ちゃん。そして、最後にステージの真ん中で千歌っちと曜ちゃんが、大きく、笑顔でうなずいた。そうしてこの曲が、きっと1stライブの花として語りつがれるだろう"想いよひとつになれ"が、始まった。

まず初めに、逢田さんの薬指がラの鍵盤を押した。"想いよひとつになれ"の「お」の音だ。ほんのわずか遅れて歌が入ってくる。

  想いよひとつになれ このときを待っていた

続いてピアノソロ。次に引く音の鍵盤だけを必死に目で追いかける逢田さんを心で励ます。そして、ついに逢田さんの指が、鍵盤の上を駆けた。ピアノソロの終わりと音源の開始を告げるグリッサンドだ。そのグリッサンドは今まで見たことがないくらい全力の、ただひたすらにカッコいいものだった。それを見たとき、「このライブのこの曲は伝説になるな」という思考が降ってきた。意図して思考できる精神状態ではなかったし、その確信はまさに降って湧いてきたという感じだった。そして、あまりの衝撃に、涙がでた。もっと正確に表現するなら、「泣き崩れた」たけど。ぐっちゃぐちゃな表情してた気がする。隣の友人に見られてなかったらいいんだけどな。なんでこんなに人の心を打つ演奏ができるのだろうと思った。

アウトロもピアノが目立つパートだが、驚くべきか逢田さんはミスなく弾き終えた。1日目の時点でこの曲は既にただの好きな曲の枠を飛び出し、特別な曲へと昇華していたと思う。

 

ピアノを弾くことがいかに難しいかを前述したが、もうひとつ別の壁が存在することにも触れたい。人の前で披露することだ。これも、別にピアノに限ったことではないけれど...

ピアノを練習時にミスなく弾き切ることと、本番でミスなく弾き切ることは違う。練習では、なんどもなんども曲を弾くことになる。そのなかで上手にできた!というのは、いわばサイコロを際限なく振り続け、初めて1が3連続で出たことを喜んでいるにすぎないのだ。もちろん練習における成功も練習の成果だし、自信を生みだすゆえサイコロの例ほど無為なものでないことは断っておく。だがやはり違うんだ。本番で弾くことには圧倒的な落差がある。それは、一度きりしかチャンスがないことと、衆目に晒されることへの比類なき緊張感だ。本番楽器の前に立ったとき、その2つは内なる他人の声になって自信を追い詰める。 "お前の演奏は完璧なのか?あそこよく間違えてたけどホントにできんの?みんなの前で間違えたらおしまいだなw" 声に負けたとき、ミスが生まれる。音が分からなくなって途切れたり、間違った音を奏でてしまったり、弾くべきテンポに比べて走って弾いてしまったり。そしてもっと辛いのは、その犯したミスを責めるのは内なる自分のなのだ。 "なんでぼくはあんなところでミスったんだ...もっと練習しておけばよかったのに...私、この楽器に向いていないんじゃないの?" 

それに打ち勝つには、弾けるようになってからさらに弾き込むしかない。練習で100%が本番で80%になるなら、練習で125%できるようになればよいのだ。回数を重ねるごとに、曲は自分の体に染み込んでいく。指が次に弾くべき鍵盤のところへ意識せずとも動くようになって、弾きながら思考をべつのところへ向けることも可能になる。そうして曲は自身とひとつになり、本番のどうしようもないプレッシャーのもとでも指が動くようになる。

逢田さんのすごいところは、曲を自分のものにしたことだ。他の曲ではほかの8人と同じように歌って踊らなければならないのに、ピアノという楽器を演奏するのにも手を伸ばさなきゃいけない。それが簡単であったはずがないよね。時間が有限ななかでこの壁に立ち合ったとき、きっと苛まれることもたくさんあったと思う。それらを乗り越え成功させたと思うと、拍手を止められなかった。その演奏は美しかった。

それが1日目のことだ。

 

2日目にLV会場に立っていたぼくはかなり落ち着いていた。ハミングフレンド以外は同じセトリだったし、まあ興奮しすぎることもなく目の前の光景を覚えていようと冷静にいた...と、思う。この曲が披露されときもミスしないといいなーと思っていたくらいだったしね。だけれど、悲しいかな悪い思考とは実現されてしまうものなのだ。(とか普段から達観して生きているわけではない)

1日前と同じようにイントロのスケールを弾き切ったとき、突然音が止まった。ライブビューイングのカメラはピアノではなく、ピアノの音が止まっても踊り続ける8人を上から映していたのを鮮明に記憶している。逢田さんがミスをしたのだ。状況を飲み込んだとき、突然自分がミスをしたかのような胸の痛みに襲われた。

ピアノを習っているひとはよく言われる。「本番でミスしても弾き直さない。続けなさい」と。途中から弾き直すことは大いに嫌われる。結果、ミスは成功によって塗り替えられることなくそのまま観客の記憶に残り、本人はわだかまりを残したまま終わる。それは滅茶苦茶に気が狂いそうなほど悔しい。本当だ。そのわだかまりや悔しさを知っているから、逢田さんがそれを感じることを悲しく思った。

そのときだった。曲が止まった。

曲を止めることは、言ってしまおう、ハプニングでしかない。それに、曲を止めて仕切り直したからといって成功するとも限らない。それでも曲を止められたのは、キャストへの、逢田さんへの信頼ゆえだろう。その判断を下したこと自体がすでにイレギュラーなことではないか。それに、ぼくがステージに立つ8人のうちの1人なら、ステージに棒立ちしていたに違いない。それが普通だ。でも普通じゃない人もいた。曲が止まった瞬間、わき目も振らずに逢田さんに駆け寄った人が。伊波さんだ。斉藤さんでもあり、諏訪さんでもあり、鈴木さんでもある。

逢田さんは泣いていた。「ごめん」と何回も繰り返していた。

 

 

 あのとき逢田さんを阻むものはとても多かったに違いない。本当に、あの場にいたのが自分だったら...と考えると信じられない。手の震えは演奏するのに邪魔なことこの上ないし、あれほどの舞台に立ったことはないから想像に過ぎないのだけれど、きっと自分の鼓動の音で周りがよくわからなくなるんじゃないだろうか。やっぱり、誰もが言うし当然なんだけど、逢田さんはすごい。逢田さんが強いのは、言葉の不適当なのを恐れずに言えば「闘争心」だと思う。負けず嫌いともいえるかな。執念? 会場で渦巻いた"梨香子コール"は逢田さんを支えたと同時に、「もう一回やろう、次はミスできない」と思わせたことだろう。4人に解放され、最後の涙の雫をぬぐった逢田さんの目には、確かにその闘志の炎が見えた。カッコ良かった。

ぼくの握るブレードの色は既にさくらピンクに代わっていた。もともとこの曲ではCDジャケットやアニメのステージ背景色である青を振るつもりだったけれど、ここまでされたら変えるしかないよね。ステージの上で再起した彼女を応援するには、これしかないと思った。たとえLV会場の景色は舞台から見えなくてもそうするべきだと。

逢田さんが最初の音を弾いて、曲が再び始まった。音源が流れ始めるまでの11小節と半分は、ぼくの半生のなかでも1,2を争うくらい長かった。伊波さんがメロディーを、斉藤さんがコーラスを歌いながら近づき、8人がピアノを弾く振りをした。昨日と変わらない力強いグリッサンドが聴こえたその瞬間、安堵が身を包み涙がこぼれた。あれは形容できない、見た人しか分からない感動だ。生きていて良かった。切実に思った。

 

― MC3 ―

いかんせん締めどころが分からなくなったのでとりあえずここでぶったぎっておかねば()

MC3は未ドリ衣装のご紹介!相も変わらず完成度は高い。

1日目のMCでりきゃこさんがピアノ弾いてるとき火花当たって痛いといってた。2日間本当にお疲れ様です...

15.届かない星だとしても/Aqours (1日目)

  待ってて愛のうた/Aqours (2日目)

2曲とも2ndシングル収録の曲。

「届かない星だとしても」は夢のうた。だと思っておる。熱がこもってて好き。クラップは余りにも楽しい。

これ本当に申し訳ないんだけど2日目は直前に物凄いものをみたせいで放心状態で、マジのマジに待ってて愛のうたの記憶がないです。曲に対して申し訳ない... 

― 幕間映像4 ―

幕間映像3の続き。10話から12話の総集編。10,11話は9話に続いて好きな回なんですよね。10話ちかりこの会話シーン、「大好きだよ」は1期グッと来たセリフランキングNo.2!(No.1には「ハグ...しよ」、No.3には「親愛なるお姉ちゃん、Aqoursへようこそ!」がランクイン)

でもAqoursのストーリーの転機となるのは12話かなぁ。特にμ'sのポスターが剥がされるとこは印象的なシーン。μ'sの後ろ姿を追いかけることをやめて、Aqoursとしてのスタートを切ることの宣言ですな。

そして13話へ...

― ミュージカル風自己紹介 ―

ここだけ命名:ぼくなので正しい言い回しなのか定かではないけど、13話ミュージカルの完全再現にあたる。これなぜかアニメでは不評だった。ぼくは全然いいと思うんだけどなぁ。

とは言え、アニメで辛い評価を下した人も、このライブでのこれには掌を返したのではあるまいか。実際に生で見ると、演技は強く心に響く。その中でもあんちゃんは舞台役者だけあって、感情の乗りが半端ではなかった。「悔しかったんだよ!!」は、東京で1票も獲得できなかった千歌が悔しさをぶちまけて叫んでいるまさにそのもので圧倒された。素直に感動した。

16.MIRAI TICKET/Aqours

なんかもう形容しうる語彙がなくなってきた...

ここらへんの曲は大体どれも同じ表現になってしまってよくないんだ、と分かりつつ感想も変わらないのでどうしようもない。衣装やダンス、ステージパフォーマンスどれをとっても最高評価が出ます。アニメの流れに沿って披露してくれるので、いろいろなシーンを振り返りながら見れるのはいいっすね。

― MC4 ―

MCというよか13話ラストシーンのセリフ。予想できてました。

17.君のこころは輝いてるかい?/Aqours

ここにこの曲を入れたのは分かりてすぎる。まぁ流れ的には当たり前なんだけど。13話はタイトルコールを入れただけで曲が流れずに終わってしまって腑に落ちないところがあったのでな。

もはやしゅかしゅーの馬跳びは全く心配してません。あれほどの運動神経があると信頼しかない。この曲が最初に披露された2016/1/11のとき、ラスサビのあんちゃんとりきゃこさんがキツそうな顔で歌っていたのが印象に残っているので、いまは成長したなぁとしみじみ思った。親かよ。

― アンコールアニメ ―

アニメーションとにかく可愛い。なんでだろう?めちゃくちゃに可愛い。

1日目と2日目で差分を作ってくれるのはいい配慮だなと。

EN1.Pops heartで踊るんだもん!/Aqours

アンコールアニメで盛り上がる曲がいいよね!ということでこの曲。楽しくて終盤だというのにテンションダダ上がり。"夢のような 瞬間がここにあるよ"←ほんとそれ

あとAqoursの9人、ライブTシャツに制服スカート姿で登場し無事に死に申した。もうこの姿で登場されたときかんっぜんにしてやられたって思ったよね。Tシャツ買っときゃよかった...

EN2.ユメ語るよりユメ歌おう/Aqours

メンバー9人がトロッコでみんなに近づくときが、現地にいないことを最も後悔する時間になります......LVからも色々見えるしまあ(渋々)

ポンポン可愛いありがとう。

MC5

ここのMCは感想言うところで割と泣けた。おもひとのうわあああああみたいな泣きじゃなくて、ホロホロみたいな?

あいきゃんは、ヨハネ"と"ステージに立つってことを大切にしてると思う。クリスマスミニライブでもそう言ってたし。だから今回のライブでも「リトルデーモンとしてヨハネとともに歩む」と言っていたのを聞いて、アイデンティティーというか曲がらぬポリシーと呼ぶべきようなものを感じて泣いてしまった。そういう姿勢はホントにダンスに出てて、踊っているときあいきゃんが一番キャラとかぶって見える。これからもっとヨハネと踊っているのを見たいな。

ふりりんの全力「大好き!愛してる!」はすごく救われる。烏滸がましいかもだけど、ぼくたちファンが支えているからこそAqoursがあって、Aqoursの輝きがあるからぼくたちは応援していけるわけで。そういう相互的な支えあいがあるから、ぼくたちがふりりんを愛しているようにふりりんもぼくらファンを愛してくれるのかな、と思った。大好き!愛してる!

きんぐは花丸と向き合って来ていることが伝わってきて、頑張ってるな、いい人なんだなと感じた。すぐ真面目なこと言っちゃうと嘆いてたけど、すてきなことじゃない?

すわわはMCがお上手。経験に裏打ちされた安定感がありますね。あと果南の声で煽られると全力で楽しんでやる!ってなる。HAPPY PARTY TRAINのセンターにも期待してます!

小宮さんホントに楽しそうで見てるだけで幸せになれる。ふりりんとのMC姉妹芸も面白くて好き。割と落ち着いてないの結構好き。2ndこそは生小宮さんを拝んで無事昇天したい所存なり。

あいにゃは泣き上戸なところが素敵。なんか変なこと言ってるみたいだけど。人の涙をもらっちゃうってのは他人の気持ちに寄り添えないとできないことで、それができるのは彼女の魅力だと思う。あとぼくも割と泣くタイプだからすごく共感できる。

しゅかしゅーはいつでも笑っているのが本当にすごい。ぼくたちを楽しませてくれようとしているのが分かるし何より本人がめっちゃ楽しんでいるから、余計なことを何も考えずただ楽しめるんだなとか思っている。笑顔可愛いしね。あとパンフを読んで"横アリのステージに立ったことがある"の記述で仰天した。相当なレベルでしょ? しゅかしゅーの2日目最後になっても花道ダッシュをする無尽蔵の体力とか横アリの舞台で素直に楽しめる心の強さは経験と努力の結晶なんだと思う。Perfectな面では曜ちゃんに劣ってない。

りきゃこさんにはお疲れ様と言いたい。まごうことなき邪推になるけど、メンバー最年長の責任感もあったんじゃないかな、と思う。大変だったことも多かったことだろうけど、成し遂げたことはみんなを感動させたし、たくさんの人の力になったと信じて疑わない。まぁ正直想いよひとつになれのピアノパフォーマンスは金輪際お蔵入りでいいと思わんでもないが...

あんちゃん。うまく言えないけど、きっと誰より高いところを目指していると思う。サンシャインが始まる前からラブライブ!を好きだったことは、愛になり動力源になり、そしてハードルを上げる要因もなりえる。それはあんちゃんに大きな責任感を与えているに違いないが、だからこそあんちゃんはリーダーとしてAqoursを支える存在になっているのだとも思う。あるべきラブライブ!のステージをAqoursのやり方で表現すること。それを心に一番強く刻んでいるのはあんちゃんだろう。それとTwitterで見たのだが、1stライブで横浜アリーナのステージに立っていながら「もっとたくさんの人に知ってほしい」と言うのは本当に強欲だよ。素晴らしい。そんなに途方もない夢を語られたら応援したくなるに決まっている。なにせラブライブ!のファンは無謀な賭けに勝ちに行くのが大好きだからね...

自分の精一杯で応援したくなる人ばっかり。そんなAqoursが好きです。

EN3.Step! ZERO to ONE/Aqours

最後にタイトル回収。この曲がないとこのライブは終われないやつ。

ゼロからイチの扉は、2017/2/26に横浜アリーナでこの曲が最後に歌われて初めて、開かれたと思う。

 

 

・総括

プログラムごとの感想を書いてきたが、最後にまとめという位置付けで今回のライブ全体への感想、思ったことを綴っていきたい。

ひとつ思ったことは、これもTwitterで言及されていたことなんだけれども、今回の1stライブが終わって、ようやくアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』が完結したように思う。

 

よく考えてみてほしい。Aqours First Love Live! ~Step! ZERO to ONE~のセットリストは、明らかにアニメの進行を意識している。実際にライブの途中で次の曲の予想がついた人も多いと思う。じゃあそれは一体なにゆえだろうか?アニメの進行順を模すためだ、というのは手段を自己目的化していてよろしくない。

分かりにくいと思うから、ぼくの言いたいことが顕著な例を挙げよう。13話を再現した、ミュージカルのシーンだ。あの場で発せられた言葉に強烈な違和感を覚えた人はぼくだけではないと思っているのだがどうだろうか。横浜アリーナであんちゃんに「聴いてほしいのは、私たちの学校のことです」と言われてもキャストの所属していた学校はみな違うし、いやこの主張は意図的にねじまげて捉えられたものでこの発言はキャラとして言ったものだと見るべきだ、という反論が正しいにせよ、ぼくたちの生きるリアルに浦の星女学院は存在しないから「ここでそのパフォーマンスをやる意味があるのか?」という問いは避けられない。そのセリフはアニメでラブライブ!予備予選を勝ち抜き名古屋のステージに立ったアニメの中のAqoursがいうことでのみ意味をもつ言葉なのだ...普通であれば。

ラブライブ!の2次元要素が驚くほどのリアルさをもってこの3次元に現れるのは、この一見なんの意味もなく、ともすればコンテンツのメタ的な構造への矛盾を指摘することに繋がりかねない危うい行為のもたらすものであると思う。

ぼくの前述の指摘に関わらず、実際に横アリで行われたミュージカルパフォーマンスにはアニメのそれより感動したという人は少なくないだろう。ぼくもそのひとりだ。「悔しかったんだよ!!」を聞いたとき、殴られたような衝撃があった。これが演技であることを疑った。

アニメのストーリーを現実に再現しようとしたとき、指摘したその無為さに目が向かなくても、それがどれだけ難しいかに思い至ることは確実だろう。そしてラブライブ!はこの困難に立ち向かうことから始まるのだ。普通なら不可能と言い切ってしまいそうなことに、ステージに立つ全員が、全身全霊をもって挑戦していく。そのときあのキャラなら何を思っているだろうか。どんなふうに踊るだろうか。そういう質問に対して真摯に向き合い答えを出しながら、練習を重ねていく。それは照明やカメラを担当するスタッフにも全く同じだろうと思う。そうして積み上げられたもの、そのステージを作るみんなの努力が実を結んだとき、アニメーションの世界が現実に現れる。キャラクターはキャストを介してこの世に顕現するのだ。

そのとき意味があるかないかという些細な問題は塵となって消え、観衆はキャラがアニメの中で味わった感情に胸を打たれる。それはもはや意味の問題を消すというよりか、見ている人までごっそりアニメの世界へ引き込んで、意味の合理性を保たせてしまっているのかもしれない。ぼくらはライブを見るとき、Aqours浦の星女学院の存在する世界にいるのだ。そう言っても過言ではないほどのものが、ライブのステージにはある。

だから、1stライブでのアニメの再現は結果としてアニメをこの目で見たかのような実感を生じさせる。そこで初めてラブライブ!として物語の完結を感じるわけである。この2次元をライブという3次元に映し出す無謀な業によって物語の説得力を強めるという手法はμ'sでも同じだったはずだ。全く素晴らしい、キャストと裏方の常軌を逸した努力によってしか成しえない神業である。これによって、アニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』は完結し、Aqoursもまたラブライブ!であることをぼくは確信したのだ。

 

ちょっと調子に乗りすぎて評論ぽく書きすぎた。反省...

断っておきますが、「よく考えてみてほしいうんぬんかんぬん以下略...確信したのだ」の文章は断定の表現を多分に含んでいますがぼく個人の意見なのでご了承を。ミュージカルパフォーマンスに感銘を受けたこととアニメに実感がともなったことは多くの人に当てはまると考えているけど、ぼくの主観的目線が大半だし。もしかしたらセトリ組んだ側は「なんかそれっぽいからアニメに沿ってやろ」とか思ってこのセトリにしたのかもしれない。どっちにしろ真相は闇の中だ...

 

そして、Aqours First Love Live! ~Step! ZERO to ONE~に学んだ一番のこと、それは

この世に不可能などない!

ということだ。

大げさなんかじゃない。ラブライブ!はいつもそれを教えてくれる。助け合える仲間がいる。笑顔は人を救う。苦しいとき支えてくれる人がいる。歌の力ってすごい。アイドルは素晴らしい。努力は結実する。夢は実現できる。

逢田さんはライブ後のInstagramでミスしたことを詫び、支えてくれたみんなに感謝すると言っていた。でも、逢田さんのミスがあったからこそ皆の感動するステージが作り上げられたし、ぼくらはあの逢田さんを思い出してその強さに支えられるだろう。あいにゃは大好きなラブライブ!とともに横浜アリーナの舞台に立つ夢を叶えたことを鞠莉やメンバー、そして応援してくれたファンが支えられたおかげと言ったけれど、きっと今度はほかのメンバーをあいにゃが支えるだろうし、このライブを見たファンがあいにゃの姿に憧れて夢を叶えるかもしれない。

きっとお互いさまなのだ。ステージに立つか否かという大きな差こそあれ、アイドルとファンは互いを支えあい、応援し、されながらともに大切なことを知っていくのだ、と思ったりする。

このライブで大切なものを知れたこと、最高に輝くAqoursを見れたことは、まぎれもない、ぼくの宝物だ。

 

・猛省

ブログを書くのはこれで2度目で、前回のものはあまりに文がへたっぴだったので、文は改善されたのではないかと思う。しかしこのブログは未だなお欠点だらけだ。書きたいところだけ筆が図に乗りすぎているし、曲の感想かくなら全曲書きたいとかいう謎のこだわりを捨てきれず省略してもいいとこで悩みながら書いて時間を無駄にしすぎた。きっちり書きたいことをまとめた文章を書こう(自戒)

セトリは以下リンクより拝借いたしました。 http://gs.dengeki.com/news/95422/

 

・最後に ~Aqoursへの期待を添えて~

2日目のライブで、Next Step! Projectが発表された。newシングルも2nd LIVEもアニメ2期もめちゃくちゃに嬉しいけど、何よりAqoursの歩みが止まらないというのが一番嬉しい。ラブライブ!サンシャイン!!はアニメ4期くらいまでやってイベント盛り沢山の長寿コンテンツにしてほしい気持ちがあるので。

ゆっくりとひとつずつステップを踏んで、一緒に見たことのない高みまで行けることを本気で期待しております。次のステージへ

動き出せ Step! All Right!!

 

Aqoursを見た。

どうもこんにちは。何も調べず登録した結果ブログ名にしたかったものがユーザー名となってしまい、変更出来ない事に嘆き悲しんでおります泡沫(うたかた)です。まぁ文句垂れるばかりでは何も始まりませんからね、始めましょうか。

 

【長めの呟き】

さて、そもそもこのブログ、僕としては年明けて元日「Twitterでは字数が足りなくて長文を書きたくても書けないのでうんぬんかんぬん...」という書き出しから開設しようと思っていたわけですが、んじゃ何故こんな中途半端な時期にかといいますと、

 

Aqoursが想像以上に良かった

 

からなんです。正直かなりまいってます。だってあんなにいいとは思わなかったんだもん。

なんか、自分で思い返してもめちゃくちゃ素晴らしいライブだったし、でもなんであのライブをそこまで素晴らしいと思えたのかが分からないモヤモヤもアリで、自分の気持ちを整理したくてこれを書いてるっていうのもあります。で、この気持ちはなぁんでだろなと考えますと、やっぱり 「どうにもぼくはAqoursを侮っていたいたんじゃないか?」と思うんです。

 

僕が初めてラブライブ!に触れたのは、2013年夏にネットサーフィンしていた先に見つけたまとめサイトだったと記憶してます。そこからハマるまでがまた長いんですけど割愛して、まぁスクフェスやりながらμ'sに親しみを持つようになったというのはラブライブ!を好きな人のある程度が通った道なのでは無いでしょうか。

ラブライブ!サンシャイン!!の企画が発表されたとき、ぼくは既にTwitterを始めていましたから、ほぼリアルタイムでその情報を手に入れたと思います。周りの反応はあまり気に留めてませんでしたが、僕は''助けて、ラブライブ!''の文字を眺めたまま無心であったと言いますか、特に驚くでもなく、落ち込むでもなく、事実を事実として受け取っていたような気がしますね。それからはμ'sもAqoursも本当に早くて、色々忘れてます。ただ確実にぼくのどこかにあったのは、「ラブライブ!はいち企画であって、僕が生きている限り時間は流れる。だからμ'sが終わってしまうのは仕方がないことだし、今彼女たがすると言うなら僕は受け止めるしかない。Aqoursという後続が出てくるのもプロジェクトとして必然、存続のためなんだ。ラブライブ!が好きなら、きっとAqoursも応援するべきだろう」という、心の声でした。本心からの声だったか、それとも煮えきらない心を納得させるための理性の声だったのかは、今となっても分かりません。

だから、2016/12/27までは、そうやって応援してきました。CDもなかなかにコンプするペースで買ってきたし、曲はまごうことなく良いと思うし、キャラの可愛さに悶えたこともある、普通のオタク。ただ違ったのは(あるいはみんなそうなのかもしれない)、ほぼ無意識のうちにAqoursにμ'sを重ねて、諦めというか、いやむしろ悲しみに近い感情を味わっていたことなのです。

 

Aqoursはまだ雛だから、僕は見守らなくちゃ」

というのが、そのときのAqoursに対する評価というか、思いでした。

 

【呟きに収まらないくらいの長さになってきた】

ミニライブのことは、鮮明に思い出せます。というかアレはミニライブだったのか...?8曲なんてかなり多いほうだと思うんだけどな...

前述した通り、Aqoursはまだ雛だとか思ってた訳だから、やっぱりライブの感想としてデカいのは驚きかなぁ。夕日を見に行ったら日食が見えたとか、そんな感じの驚き(分かる?)。僕としては始まったばかりのアイドルを見に行くような感覚だったから、全く予想してなかったいいライブでしたね。いやホントに。

低身長が災いしてキャスト見たけりゃ全力つま先立ちってな状況でほとんど見えなかったんですけど、あいきゃんはめっちゃ楽しそうに踊るし、黒澤姉妹の掛け合い面白いし、しゅかしゅーは話聞いてないし、ハミングフレンドの小宮さんほんっっとうに凄かったんですから。あのOh,Yeah!でジャンプするところといったら!

嫌なこと全部忘れて楽しめる空間ってああいうのだなと思います。

 

【実感したこと】

なんか僕が偉そうに述べるのもおかしな話ですけどね。Aqoursがこれ程のライブを見せるってのは、簡単な話じゃないと思うんですね。

 

ぼくはAqours、というかラブライブ!サンシャイン!!に、ずっと漠然としたモヤモヤを感じていて。ラブライブ!はやっぱりどこをとっても奇跡の連続で、なんだろうな、サンシャイン!!は後続として求められるもの負うものが多いから大丈夫なんだろうかという不安があり、アニメの出来も、僕は本当に素晴らしいと思ってるんですけど、賛否両論なのも事実で...

実力と動員が釣り合ってないの散々言われてましたけど、そこに危うさがあるのは確かだと僕も思います。

前に読んだサンシャイン!!アニメの感想を書いたブログに凄く印象的な言葉があって、「ラブライブ!は物語世界と現実世界をみごとにリンクさせることが他と違う、ラブライブ!にしかできないことなのだ。その点で、ラブライブ!サンシャイン!!は嘘をついている。現実世界では多くの人の目を集め、多くの人に曲を聞かれる、間違いなく人気のアイドルなのに、アニメのなかの彼女たちは何もないことを嘆いている。」という記述なんですけど。

 

そんな不安とか、懸念とか、色々サンシャイン!!について心にわだかまっていたものを、フッ飛ばしたのが、先のミニライブだったんです。

 

サンシャイン!!が不安だとか、それがなんだろうか。Aqoursは、Aqoursとして彼女たちにしか見せられない輝きを見せようと、もがいて、抗って、必死に努力している。それ以上の何があろうか、いやない!

 

そう実感しました。プロジェクトが上手く進行しているかとか、彼女たちの実力が如何とか、Aqoursというアイドルを応援するなら見るべきところはそこじゃないでしょ。アイドルの何が素晴らしいかって、ステージに立つ人が魂を込め生を削り、そうして生み出したものが僕たち観客の涙だったり汗だったり笑顔に変わって、それがさらに彼・彼女らの涙、汗、笑顔に昇華することなんですよ! 

僕が笑顔になれたあのステージ、そのためにAqoursがどれほどの努力をしたかというのは全く想像も及ばないことです。彼女たちは、動き始めてまだ間もない。でもその間に出来る限りのものを吸収し、自分たちをより高く、向上する意識を持ち続けた結果としてのステージだっただろうことは間違い無いでしょう。

彼女たちは、最高のライブを作るために、全力を尽くしてくれている。だから、僕たちは彼女たちを全力で応援する。それだけで、いいんだよなぁ...

 

Aqours!Sunshine!!

 

 

【そろそろ終わらせないとね】

いや、ちょっと筆に熱が入りすぎたかな(--;)

とにかく、Aqoursには伸びしろがありますよね、っていうことです。

今回のミニライブ、会場は、まだまだ小さい。2月にAqoursの1stライブが横浜アリーナであります。でも、それでもまだまだ。きっと、Aqoursはもっと大きい会場で、もっと大きく輝くでしょう。いつか、東京ドームで、μ'sを超えるライブを...

なんて勝手に夢想して、期待してます。そのために、応援応援!!!